近年、上場企業だけでなくスタートアップや中堅企業においても、従業員や役員に株式報酬を付与するケースが増えています。従業員のモチベーションやエンゲージメントの向上、将来的な企業価値の増大などが主な目的です。
しかし、株式報酬を導入する際には、それが「賃金」に該当するか否かを慎重に判断しなければなりません。
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なぜ「賃金に該当するかどうか」が重要なのか
労働基準法には「賃金全額払いの原則」や「通貨払いの原則」が定められています。もし株式報酬が「賃金」にあたると判断された場合、企業に対して以下のようなリスクが生じます。
- 賃金未払いのリスク:株式で支給した分を、遡って現金で支払う必要が生じる可能性
- 罰則・ペナルティ:労働基準法違反として、事業主や担当者個人が処罰対象となる可能性
そのため、人事担当者としては「株式報酬が賃金に該当するのか?」を正しく理解しておく必要があります。
労働基準法における「賃金」の定義
労基法第11条では、賃金を次のように定義しています。
「賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのもの」
つまり、基本給だけでなく各種手当など、名称にかかわらず「労働の対償」と認められるものはすべて賃金に含まれるという、非常に広い定義がなされています。逆に、恩恵的な給付(結婚祝金等)や福利厚生のための給付(住宅の貸与等)など、「労働の対象」とはいえないようなものは、賃金にあたりません。
ストックオプションは賃金にあたるのか?
行政解釈では、ストックオプションについて次のように示されています。
ストック・オプション制度では、権利付与を受けた労働者が権利行使を行うか否か、また権利行使するとした場合において、その時期や株式売却時期をいつにするかを労働者が決定するものとしていることから、この制度から得られる利益は、それが発生する時期および額ともに労働者の判断に委ねられているため、労働の対償ではなく、労働基準法第11条の賃金には当たらないものである。(平成9年6月1日基発第412号)
つまり、
- 権利行使の有無・時期・株式売却の判断は労働者に委ねられている
- 利益の発生時期・金額が労働者の判断次第で確定しない
そのため、ストックオプションから得られる利益は「労働の対償」とは言えず、労基法上の賃金にはあたらないとされています。
ストックオプション以外の株式報酬の場合
ストックオプション以外の株式付与(RSUや譲渡制限付株式など)の場合、以下の 3要件をすべて満たす場合に限り、賃金に該当しない とされています。
- 通貨による賃金等(退職金などの支給が期待されている貨幣賃金を含む。以下同じ。)を減額することなく付加的に付与されるものであること
- 労働契約や就業規則において賃金等として支給されるものとされていないこと
- 通貨による賃金等の額を合算した水準と、スキーム導入時点の株価を比較して、労働の対償全体の中で、前者が労働者が受ける利益の主たるものであること
(経済産業省「攻めの経営を促す役員報酬-企業の持続的成長のためのインセンティブプラン導入の手引-」https://www.meti.go.jp/press/2022/03/20230331008/20230331008.pdf)
これらの条件を満たさない場合、株式報酬は「賃金」とみなされる可能性があります。
株式報酬が賃金に該当した場合のリスク
万一、株式報酬が賃金にあたると判断された場合、次のようなリスクが想定されます。
- 民事上のリスク
株式による支給は通貨払い原則や全額払原則に反するため、遡って金銭での支払い義務が発生。 - 行政上・刑事上のリスク
労基法違反として、30万円以下の罰金(労基法120条、121条)が科される可能性。個人の人事担当者だけでなく、事業主も処罰対象となり得ます。
まとめ
株式報酬は、企業の成長戦略や従業員のエンゲージメント向上に有効な制度です。しかし、労基法上の「賃金」に該当するか否かを誤ると、遡及して現金支払いが必要になるなど大きなリスクを抱えることになります。
- ストックオプションは原則として賃金にあたらない
- RSUや譲渡制限付株式などは、3要件を満たすことで賃金に該当しないと整理されている
- もし賃金とみなされた場合は、通貨払い・全額払い原則違反として、民事・行政・刑事リスクが発生する
株式報酬を導入する際は、労基法の規制を十分に理解したうえで、必要に応じて専門家を交えるなど、慎重にすすめるようにしましょう。
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