令和8年6月5日、「健康保険法等の一部を改正する法律(令和8年法律第31号)」が公布されました。今回の法改正は、持続可能な医療保険制度の実現や、出産・子育てへの支援、 世代間・世代内の負担の公平性を図ることなどを目的としたものです。
なかでも注目されるのが、妊娠・出産に関する給付の仕組みの見直しです。
現在、出産したときには原則50万円の「出産育児一時金」が支給されています。しかし、今回の改正では、単純に出産育児一時金の支給額を引き上げるのではなく、出産の標準的な費用を保険者から分娩施設へ直接給付する「現物給付」の仕組みを導入するなど、給付の方法そのものが見直されます。
これにより、出産の標準的な費用について妊婦の自己負担をなくす仕組みが目指されるほか、すべての妊婦に対する定額の現金給付も導入される予定です。
では、現在の出産育児一時金はどうなるのでしょうか。「出産費用の無償化」とは、具体的にどこまでの費用が対象になるのでしょうか。
この記事では、今回の改正によって出産育児一時金を中心とした給付の仕組みがどのように変わるのか、いつから変わるのか、企業の経営者や人事・労務担当者が知っておきたいポイントを分かりやすく解説します。
出産育児一時金とは?現在の仕組みを確認
出産育児一時金とは、健康保険の被保険者や被扶養者が出産したときに、出産にかかる経済的負担を軽減するために支給される給付です。現在は、原則として子ども1人につき50万円が支給されます。
出産育児一時金は、本人がいったん受け取ってから出産費用を支払う方法だけでなく、「直接支払制度」を利用して、健康保険の保険者から分娩施設へ直接支払う方法もあります。
直接支払制度を利用した場合、出産費用が出産育児一時金の50万円を超えたときは、その差額を本人が分娩施設の窓口で支払います。一方、出産費用が50万円未満だった場合は、差額分を受け取ることができます。
このように、現在の制度では「一定額の出産育児一時金を支給し、その給付を出産費用に充てる」という仕組みになっています。
なぜ「出産費用の無償化」に向けて制度が見直されるの?
それは、出産費用が年々上昇しており、出産育児一時金の支給額を引き上げるだけでは、妊婦の経済的負担を十分に軽減することが難しくなっているためです。
これまで、出産育児一時金は支給額を引き上げることで、出産にかかる費用の負担軽減が図られてきました。しかし、出産費用そのものが上昇すれば、一時金の支給額が増えても、妊婦が窓口で支払う自己負担額が減らないケースがあります。
そこで今回の改正では、単純に「出産育児一時金をいくら増やすか」という考え方から、「出産にかかる費用をどのように給付するか」という仕組みそのものを見直す方向へ転換されました。
具体的には、出産の標準的な費用について国が「基本単価」を設定し、健康保険の保険者から分娩施設へ直接給付する「現物給付」の仕組みが導入される予定です。これにより、標準的な分娩費用について妊婦の自己負担が生じない仕組みを目指します。
さらに、これとは別に、すべての妊婦に対して定額の現金給付を行い、保険診療の一部負担金など、出産時に発生するその他の費用についても負担軽減を図ります。
つまり、今回の改正のポイントは、「出産育児一時金を50万円から〇万円に引き上げる」という単純なものではなく、出産にかかる標準的な費用を現物給付化するなど、給付の仕組みそのものを見直すことにあります。
出産育児一時金はどう変わる?改正の2つのポイント
今回の改正では、出産にかかる経済的負担を軽減するため、出産育児一時金を中心とした給付の仕組みが見直されます。
大きなポイントは、「標準的な分娩費用への現物給付」と「妊婦への定額の現金給付」の2つです。
分娩1件あたりの「基本単価」を設定し、現物給付化
まず、出産の標準的な費用について、国が分娩1件あたりの「基本単価」を設定します。この基本単価は、健康保険組合や協会けんぽなどの保険者から、分娩施設へ直接給付される仕組みとなります。これを「現物給付」といいます。
現物給付とは、本人に現金を支給するのではなく、必要なサービスに対して保険者が直接費用を支払う仕組みです。 この仕組みを導入することで、出産の標準的な費用について妊婦の自己負担が生じないようにすることを目指しています。
なお、分娩施設の体制や役割などに応じて、基本単価に加算を設けることも予定されています。
すべての妊婦に「定額の現金給付」を導入
上記(1)の「基本単価による現物給付」 とは別に、すべての妊婦に対して定額の現金給付をおこなう仕組みも導入される予定です。
この現金給付は、保険診療の一部負担金など、出産時に発生する費用の負担を軽減することを目的としています。ただし、現時点では具体的な給付額は決まっておらず、今後、政令によって定められる予定です。
| 現在 | 改正後 |
| 出産 ↓出産育児一時金(原則50万円) ↓出産費用に充当 ↓50万円を超えた部分は自己負担 | 出産 ↓①標準的な分娩費用 →保険者から分娩施設へ直接給付 →妊婦の自己負担をなくす +②定額現金給付→妊婦へ支給 →保険診療の自己負担などを軽減 |
このように、今回の改正は、出産育児一時金の「金額」だけを変更するものではありません。出産にかかる費用をどのように給付するのか、その仕組みそのものを見直すことが大きなポイントです。
出産にかかる「すべての費用」が無料になるわけではない
今回の改正では、出産に関するすべての費用が無料になるわけではありません。
新しい給付体系では、国が設定する基本単価によって、出産の標準的な費用(保険診療以外の分娩対応の費用)について妊婦の自己負担が生じない仕組みが導入されます。
一方で、お祝い膳など、分娩の基本的な費用とは別に提供されるサービスについては、施設ごとに内容や費用が異なる場合があります。
そこで今回の改正では、こうしたサービスについて、分娩施設にサービスの内容や費用などの情報提供を義務付け、妊婦が自身の希望やニーズに応じて、納得してサービスを選択できる環境を整えることとされています。
そのため、「出産費用の無償化」とは、出産に関係するすべての費用が一律に0円になるという意味ではありません。標準的な分娩費用について妊婦の自己負担をなくすことを基本とし、それ以外のサービスや費用については、内容を確認したうえで選択できる仕組みを整えることが今回の改正のポイントです。
出産育児一時金は廃止される?経過措置と施行時期
今回の改正では、現在の出産育児一時金がすぐに廃止され、すべての分娩施設で一斉に新しい給付体系へ切り替わるわけではありません。
新しい給付体系の導入後も、当分の間は、分娩施設が現行の出産育児一時金制度を選択できる経過措置が設けられます。そのため、制度移行後は、分娩施設によって現行制度と新しい給付体系が併存することが想定されます。
また、今回の改正法の原則施行日は令和9年(2027年)4月1日ですが、出産に関する給付体系の見直しについては「公布後2年以内に政令で定める日」から施行されます。
つまり、2027年4月1日から一律に新しい給付体系へ切り替わると決まっているわけではありません。具体的な開始時期や給付額などについては、今後、政令や告示等によって定められる予定です。
現時点で決まっていること
| 項目 | 現時点で分かっていること |
|---|---|
| 改正法の公布 | 2026年6月5日 |
| 改正法の原則施行日 | 2027年4月1日 |
| 出産に係る給付体系の見直し | 公布後2年以内に政令で定める日 |
| 現行制度 | 当分の間、分娩施設が選択可能 |
| 基本単価・定額現金給付の金額 | 今後、政令・告示等で具体化 |
企業の人事・労務担当者は、現時点で新制度に向けた特別な対応を急ぐ必要はありませんが、今後発表される具体的な施行時期や制度の詳細を確認しておくことが大切です。
企業の人事担当者が知っておくべき実務への影響と対応策
今回の出産に関する新たな給付は、健康保険制度によるものです。企業が従業員の出産費用を直接負担する制度ではありません。
では法改正に伴い、企業の人事労務担当者はどのような準備や対応が必要になるのでしょうか。実務上のポイントを3つに整理しました。
従業員からの相談・問い合わせへの対応準備
制度が変わる令和9年前後は、「自分の出産時はどうなるのか」「窓口で支払う費用はあるのか」といった質問が従業員から寄せられることが予想されます。特に「標準的な出産費用は窓口負担ゼロになるが、特別なオプション費用や分娩施設によっては自己負担が生じる場合がある」点について分かりやすく説明できるよう、社内で情報を整理しておきましょう。
「出産手当金」や「育児休業給付金」との違いを整理する
今回の改正は、あくまで「出産費用(分娩にかかる費用)」に対する一時金の見直しです。産前産後休業中の生活保障(休業補償)である「出産手当金」や、育児休業期間中に支給される「育児休業給付金」の基本的な仕組み自体がなくなるわけではありません。従業員が混同しないよう、それぞれの制度の目的を分けて案内することがポイントです。
| 制度 | 目的 | 主な対象 |
|---|---|---|
| 出産育児一時金 | 出産費用の負担軽減 | 健康保険の被保険者・被扶養者 |
| 出産手当金 | 産休中の生活保障 | 健康保険の被保険者 |
| 育児休業給付金 | 育児休業中の生活保障 | 雇用保険の被保険者 |
参考:協会けんぽ 「出産育児一時金・出産手当金」 出産育児一時金・出産手当金|給付と手続き|協会けんぽ
参考:厚生労働省HP 「育児休業等給付について」 育児休業等給付について|厚生労働省
改正後の開始時期や申請方法を確認する
現段階では、出産に関する給付体系の見直しについては「公布後2年以内に政令で定める日」とされています。人事担当者は、今後発表される政省令や通達等のキャッチアップをおこない、改正後の開始時期や申請方法が具体化された段階で、社内マニュアルや対象従業員への案内を更新できるよう準備しておきましょう。
まとめ
| 現行制度 | 改正後 | |
|---|---|---|
| 給付の仕組み | 出産育児一時金(原則50万円)を支給 | 基本単価の現物給付+定額現金給付 |
| 標準的な出産費用 | 一時金を超える部分は自己負担 | 妊婦の自己負担をなくす仕組み |
| 現金給付 | 出産育児一時金 | すべての妊婦に定額の現金給付 |
| サービス・費用 | 施設ごとに異なる | サービス内容・費用の見える化を推進 |
今回の改正では、出産育児一時金を単純に増額するのではなく、出産にかかる「標準的な費用」を保険者から分娩施設へ直接給付する現物給付の仕組みを導入するなど、出産に対する給付の方法そのものが見直されます。
また、これとは別に、すべての妊婦に対して定額の現金給付をおこなう仕組みも導入される予定です。
ただし「出産費用の無償化」といっても、出産に関するすべての費用が無料になるわけではありません。また、具体的な給付額や制度の開始時期など、今後、政令や告示等によって決まる事項も残されています。
さらに、制度の移行後も、当分の間は分娩施設が現行の出産育児一時金制度を選択できる経過措置が設けられます。
企業の人事・労務担当者は、今後決定される制度の詳細や施工時期を確認するとともに、従業員から出産育児一時金や出産費用について問い合わせがあった際に、適切に案内できるよう準備を進めていきましょう。
本記事参照:厚生労働省HP 「健康保険法等の一部を改正する法律(令和8年法律第31号) の成立について 」 001712849.pdf

